そら豆とピーズのツナオムレットのごはん

そら豆とピーズのツナ・オムレット
ひよこ豆と玄米、キノア、ミレット、押し麦のごはんに紫蘇生姜ふりかけと焼きばら干し
フレンチラディッシュとその葉っぱとお豆腐のお味噌汁

玉子にツナとおしょうゆ混ぜて
そら豆とピーズをざっくりあわせて焼いたオムレツ君は
青海苔、焼きばら干し、七味胡麻をふりかけて
ムング豆とクレソンの新芽をあしらったら、オムレットと呼びたくなった:)
たくさん焼いたから 余ったオムレットは 次の日のお味噌汁の具材になる:)


うちのごはんは至って粗食で基本はとってもシンプルだ

昔は品数や食品目が多ければ多い程良いというように思っていたけれど
セラピーという職業に関わるようになって人の健康を考えていったとき

口にするものは全て薬膳だという事に気がついた
食べたり飲んだりしたものの栄養・滋養がちゃんと消化吸収されて
不必要なものをちゃんと排出する 新陳代謝が無理なく行われる食事が理想じゃないか

 体内の環境状態はカラダの症状として表れるから 
自分のそういうカラダのサインも見落とさないで
こういうときは何を食べたら元気になるかなとか
少し胃腸を休ませてみようとか
その人それぞれの消化吸収力や体力
人種によっても微妙に違う体内酵素の具合
そういう事に気がつくようになったら
食べたいものはカラダに聞くようになった
そしたら粗食におちついた

たま〜に暴飲暴食することもあるけれど
出来合いのものはあまり食べなくなった
缶コーヒーや市販のジュースも飲まなくなった(飲めなくなった)
海外の限られた食材で和食を創るのは難しいと思っていたけど
実はおもしろい食材で溢れていて 日本と同じとはいえないけれど 工夫をすればいい
その工夫する愉しみも学んだ

スーパーに行くとたくさんの食材、食品が売られてて、正直こんなにたくさんの食品が必要だろうか、ありすぎるのではないか、と思ったりする。毎日世界中で余った分が廃棄されていて、一方食べるものがない人達もいる。また生き物の命が過剰に搾取されて、食べられもせず捨てられていく事に大きな矛盾を感じたりする。本来、そのままで栄養になるはずのたべものが、安定剤やらいろいろと本当に必要なのか疑問の添加物まみれにされてしまう食材も、なにか、便利さが歪んできているんじゃないか、という気がしてしまう。
チンするだけの食事がメインで台所仕事をする機会があまりないと、お箸の並べ方もお皿に料理を盛りつけるという事もどうでもよかったり、その前に食卓を拭くとか、台所の水回りをきれいにするという事も知らなかったりする。(←それは自分自身がそういう人だったから。気づくのに何十年もかかった)

今は台所に立つのはとても楽しい
自分のために 美味しいものをこさえて 箸をそろえて お皿を並べることが
一緒にごはんを食べる家族がカラダによいものを美味しいときれいに食べてくれることが
そういう食の愉しみ方、向き合い方を、コトリさんに伝えていきたくて
ママはこのブログを書き続けている